【試し読み】松山赤十字病院 血管外科 山岡輝年先生INTERVIEW Open surgeryと Endovascular、両刃の一刀で臨むこれからの血管病治療

松山赤十字病院 血管外科 
山岡輝年

インタビュアー
仲間達也
(弊誌編集委員)

松山赤十字病院の血管外科で部長を務める山岡輝年氏。高齢化社会や生活習慣病の増加によって、末梢血管の疾患は増加の一途をたどっている。その中でもEV黎明期から前線に立ち続け、暗中模索で腕を磨いていった古強者とも言える氏に、これからを生き抜く血管外科医のポリシーを伺った。

血管外科医を目指した理由

仲間 まず、先生に、一番聞きたかったのは、「血管外科医」になった理由です。いわゆる、「消化器外科」とか、「心臓血管外科」の様に、何をやっているのか想像がつきやすい外科ではないと思います。先生が、「血管外科」という分野に興味を持ったきっかけを教えて頂きたいです。

山岡 うーん、まず、学生時代から、キャラ的に「外科」でした。学生時代に所属していたサッカー部の先輩たちも、外科系、特に心臓血管外科に進んだ人が多かったですしね。そんな学生生活を通じて、自然と何らかの外科診療、特にメジャーな外科をやりたいと思う様になりました。僕は結局、出身大学である佐賀医科大学には残らず、九州大学の第二外科というところに入局しました。

仲間 九州のエリート外科医局ですね。血管外科だけでなく、消化器外科、肝臓外科、移植外科も含む、総合外科的な医局だと思います。

山岡 聞きたいのは、その中で、なぜ、血管外科を選んだか、というところですよね?

仲間 はい。そうですね。数ある外科の中で、なぜ「血管外科医」を志したのか。

山岡 実は、そこは悩むところではありませんでした。入局して早々に、将来は血管外科医になりたい、血管グループに入りたい、と感じ、そのまま血管外科医になり、今に至るという。理由は……何というか、腫瘍を切除する、という手技よりも、血管をつないで再建するという、緻密な手術の方が、興味深かったからでしょうか。

仲間 なるほどです。確かに、これは内科医にも言えることですが、進路を決める際、腫瘍学をしたい、すなわち、癌を扱いたいのか、そうでないのか、大きく好みが分かれるところだと思います。

山岡 おっしゃる通りです。もちろん、癌の治療とか手術も、もちろん興味深かったのですが、癌という疾患に、どうしてもそこまで興味が持てなかった。
 癌って、やはりある程度、生物学的な問題がある疾患ですよね。手術だけではどうしても超えられないハードルがある。それに比べて、血管外科の、血管を吻合して再建したりする、上手い人が手術すると何とかなってくれる様な、技術的な側面が非常に多い部分に惹かれた、というのが本質的なところでしょうか。

仲間 実は、私も、癌には、全く興味が持てなくて。

山岡 循環器内科医も、癌に興味がないよね。癌に興味がある内科を目指す人は、呼吸器だったり血液だったり、やはり腫瘍学がメインになる診療科を志す。

仲間 先生が、癌には生物学的な限界がある、と仰っていましたが、まさにそうですよね。その限界のせめぎ合いに興味が持てない限り、そこを仕事には選ばない。

山岡 もちろん、動脈硬化にも限界はありますけどね。技術とかで越えられたり、近々越えられそうだったりする部分が、あるのかな。今思えばね。あの時はそこまで深く考えてなかったかもしれないね。ノリというか、若かったから。

20年前の外科研修医の価値は、寝ずに働けるかどうかが全てだった

山岡 あまりこういった事を言うのはなんですが、当時の外科医の研修は、なんというか、とにかく劣悪な環境でした。入局してすぐに九大病院で働き出しましたが、とにかく1日中病院にいて、雑務一般と患者さんの管理。入局して体重が……大学卒業して1ヶ月で5、6キロ落ちましたね。20年前の外科研修医の価値は、とにかく、寝ずに働けるかどうかで決まった。

仲間 体力が全てだった、と。

山岡 体力というか、気合いとか、根性論というか。だから当時はやっぱり体育会系とか、若くて元気な男が現実的に必要とされた。今はそんなこと言ってはいけないし、そうではないと思っていますが。

仲間 私は外科医ではないですが、循環器内科医の研修も、多少、同じ様な部分がありました。緊急カテやICUの管理に追われて、とにかく寝る時間がない。で、同じ境遇の研修医同士の「寝てない自慢」をしたり(笑)。

山岡 循環器内科は少し外科に近いところがありますよね。慢性疾患を相手にしているのですが、急変して対応しなければならない。そういった危険な状態の患者に対して、侵襲的な治療で介入しなければならない。そこで、手術で介入するのが外科医の本分ですが、インターベンションを生業としている循環器内科の先生方も、その屋台骨は同じですよね。ただ、それを切らずに治療しているだけで。

「外科医らしさ」からの脱却

仲間  先生が血管外科医としてのトレーニングを始め、独り立ちした時代というのは、末梢動脈疾患(Peripheral arterial disease: PAD)の患者さんに対して、そこまでフォーカスが当たっている時代ではなかったと思います。血管外科医のみが、PADの患者さんを診察し、治療していた。治療も、保存的加療か、手術かしか無かった。その様な中で、手術を学び、工夫しながら行っていく。特に、先輩方の素晴らしい手術を見て、それを目標に日々精進していたことだと思います。しかしながら、どうやら、新しい治療方法として、血管内治療という、切らずに治療する技術があるらしいと、噂が聞こえてくる。他の外科分野でも、腹腔鏡手術や、内視鏡手術の様な、低侵襲の手術が登場し、広がってきている。
 先生は、外科医として手術を行いながら、どの様な思いで、何を考えて、血管内治療に取り組む様になっていったのか。そのあたりを教えてください。

山岡 確かに、当時は、今はやらなくなった血管の手術も、山ほどやりましたね。そういった時代でした。Open surgeryで治すのが、外科医であり、それが「血管外科医らしさ」である、そう思われていた訳です。その様な中で、私が本格的に血管内治療をやりだしたのは12年前です。胆管ステントから流用された、SMARTステントや、Luminexxステントなどの、自己拡張型ナイチノールステントが登場して、1年くらいたったころでしょうか。
 その当時、実は、内科系の先生方の中でも、血管内治療を行う息吹がありました。南都先生とか、横井良明先生とかが、色々と取り組みだした時代です。もちろんその当時、私は手術で治していましたし、ちゃんと手術して治すものだと思っていました。しかし、ふと思ったんですね。私は手術をしたいわけではく、PADの患者さんを治したいんだ、と。
 PADの患者さんを治療する上で、最終的には介入ゼロで、お薬で治せるのが一番良い訳ですよね。けれども、そうではないことも多い。それで、侵襲的な治療が必要になる訳です。それを Open surgeryで治すか、Endovascularで 治すかということに関して言えば、単純に、良い方法を選べば良いじゃないかと。私も最初こそ、手術がしたい、血管をつなぎたいと思っていましたが、結局は患者さんを治すための手術です。侵襲的なアプローチは、単に方法論であると考える様になりました。この気づきが、古典的な、「血管外科医らしさ」からの脱却につながったのだと思います。
 カテーテルを使った、血管の内側からの治療は、PADの患者さんにとってみれば今後非常に重要な治療になるのは間違いない。当時、PADの専門家は、唯一、血管外科医だけでしたから、当然、新しい治療、斬新な治療についても、専門家として、患者さんのためにやらないといけない訳です。血管外科医として、PADの専門家として、血管内治療は、取り組む必要がある治療であるのは、間違いないだろうと。そういった思いから、血管内治療へ取り組んでいきました。
当時は、教えてくれる人もモデルケースも、全く日本にはいませんでした。自分の思っていることが、血管外科医として本当に正しいのかどうか、悩んだこともありました。しかし、今になって、私が考えて、実践してきたことは、間違っていなかったと確信しています。

続きは、CATH LAB JIN冬号(Vol.2 No.1 )にて

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